大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)16号 判決 1971年5月19日

原告

(コペンハーゲン市)

ノボ・インダストリー株式会社

右代表者

ケー・ハラス・メエラー

代理人

福田彊

外四名

被告

公正取引委員会

右代表者

谷村裕

右指定代理人

富田孝三

外三名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭和四五年一月一二日天野製薬株式会社に対し、私的独占禁止法第四八条第三項の規定によりなした審決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

一、原告は肩書地に本店をおき薬品等の製造、販売を業とする株式会社で昭和四一年六月訴外天野製薬株式会社(以下「天野製薬」または「天野」ともいう。)と原告製造にかかる「アルカラーゼ」とよばれるアルカリ性バクテリア蛋白分解酵素の継続的販売に関する契約を締結した。

二、被告は昭和四四年一二月一六日天野製薬に対し私的独占の禁止及び公正取引確保に関する法律(昭和三二年法律第五四号。本件においては「私的独占禁止法」または「独禁法」と略称する。)第四八条第一項にもとづき勧告を行つたうえ、これに対し右の者より同勧告を応諾する旨の文書が提出せられたとして昭和四五年一月一二日私的独占禁止法第四八条第三項の規定により審判手続を経ないで左記主文の審決を行なつた。(昭和四四年(勧)第二二号)

一、天野製薬は昭和四一年六月ノボ・インダストリー株式会社との間に締結した国際的契約のうち、第三条第四条および第一〇条後段に定める契約終了後の競争品の製造、販売および取扱の禁止に関する事項を削除しなければならない。

二、天野製薬は、前項にもとづいてとつた措置について、公正取引委員会に対し、速やかに報告しなければならない。

三、前記契約のうち、第六条後段において再販売価格に関する拘束事項を定めた天野製薬の行為は私的独占禁止法第六条第一項の規定に違反するものであつたが、現在では右の行為はなくなつているものと認められるので、天野製薬に対し、格別の措置を命じない。

三、しかし、右審決は、

(一)審決の基礎となつた事実を立証する実質的な証拠がない場合

(二)審決が憲法その他の法令に違反する場合に該当する。

すなわち、

同審決はその「法の適用」に於て

「天野製薬がノボ・インダストリーとの間で締結した国際的契約のうち、

一、同契約第三条、第四条および第一〇条後段は契約終了後の競争品の製造、販売または取扱いの禁止に関する事項を定めたものであり、このうち

(一)ノボ・インダストリーの競争者と天野製薬との取引を禁止することを条件とするものについては、不公正な取引方法(昭和二八年九月一日公正取引委員会告示第一一号。以下「一般指定」という。)の七に該当する事項であると認められ、

(二)天野製薬のみずから行う製造、販売又は取扱いの禁止を条件とするものについては、右一般指定の八に該当する事項であると認められ、

天野製薬は、不公正な取引方法に該当する事項を内容とする国際的契約を締結したものであつて、これは私的独占禁止法第六条第一項の規定に違反するものである。」

とした。

ところで私的独占禁止法第二条第七項の定める不公正な取引方法につき公正取引委員会が一般指定のごとく独自の基準を定めることの適法であるか否かはさておき、右一般指定の七ならびに八はいづれも正当事由を欠く拘束条件付の取引を禁止している。もとより、契約とは当事者双方を拘束しあうものであり、拘束自体により契約が違法となることはありえない。したがつて本件契約における拘束が果して違法であつたか否かは十分な証拠によつて勧告ないし審決せられねばならないにもかかわらずそれが行われた形跡なく、本件の場合契約当事者である原告は意見を陳述する機会すら与えられなかつた。

契約の一方当事者の提出した証拠のみにより双務的な契約に附帯する拘束の正当事由の有無につき判定しうる筈はない。かようなわけで、右審決は実質的な証拠なくして行つたものであり、かつ、憲法第三一条および私的独占禁止法に違反するものである。

四、原告の当事者適格について

原告は右審決の被審人ではないが、被告が私的独占禁止法違反として削除を命じた契約の他方当事者として審決の取消を求めるにつき法律上の利益を有し、当然本件訴訟を提起する当事者適格を有する。

その他原告の主張(補充)は別紙(甲)のとおり。<別紙省略>

被告は

一 本案前の答弁として、主文同旨の判決を求め、次のとおり述べた。

原告は、原告主張の勧告審決による排除措置を命ぜられた当事者ではない。したがつて、原告は、右の審決によつて、なんらの公法上の不利益を受けるものでもない。

また、原告は、右の審決によつて、当然に、私法上の直接的不利益を受けるものでもない。原告が、天野製薬に対して、原告主張の継続的販売に関する契約の履行を求められるかどうかは、いつに同契約の私法上の効力に係る問題であつて、右の審決の存否によつて決定される問題ではない。

したがつて、原告は、右の審決の取消しを求める訴えの利益を有しないものであるといわざるをえない。よつて、原告の本件訴えは、却下されるべきものと思料する。

二 本案に対する答弁として「原告の請求は、これを棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

原告が、原告主張のとおりの株式会社であつて、昭和四一年六月天野製薬と原告主張のとおりの契約を締結したことおよび被告は、原告主張の日に、天野製薬に対して、原告主張のとおりの勧告審決を行なつたことは、認める。

原告の主張第三項の事実については、右勧告審決が、その「法の適用」において、原告主張のとおりの認定をしていることは認めるが、同審決は、十分な証拠(実質的証拠の意味と解する。)なくして行なわれたものであること、および原告に対して、事実上、意見を述べる機会を与えなかつたことは、いずれも否認する。原告の法律上の見解については、これを争う。

その他被告の主張(補充)は別紙(乙)のおり。<別紙省略>

理由

一原告が、その主張のとおりの株式会社であつて、昭和四一年六月天野製薬と原告主張のとおりの契約を締結したこと、被告が、原告主張の日に、天野製薬に対して、原告主張のとおりの勧告審決(以下「本件審決」という。)を行なつたことおよび本件審決が、その「法の適用」において、原告主張のとおりの認定をしていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二よつて、おもうに、本件訴えにつき原告の当事者適格ないし訴の利益を有する者は、本件審決の被審人のほか同審決の取消を求めるにつき法律上の利益を有するものに限られるところ本件審決は天野製薬を独禁法にいう被審人としてなされたものであつて、原告に対してなされたものではなく、原告は、本件審決によつて、直ちにその権利または法律関係に影響を受けるものということはできない。

すなわち、

1、独禁法第六条第一項は、不公正な取引方法に該当する事項を内容とする国際的協定または国際的契約をすること自体を禁止するものであるところ、被告は、同法第七条にもとづき、前記契約中に定められた、契約終了後の競争品の製造、販売および取扱の禁止に関する事項を、不公正な取引方法に該当するものとして―わが国の公正な競争を阻害するものとして―契約の一方当事者である国内事業者の天野製薬に対して、審決により、その削除を命じたものであつて、その他方当事者である外国事業者の原告に対してさような排除措置を命じたものでないことは、いうをまたない。

2、そして、ほんらい、右排除財置は、受命者に、その内容に応ずべき公法上の義務を負わしめ、刑事上ないし秩序保持上の制裁(独禁法第九〇条、第九七条―なお後記―参照)をもつてその履行を確保するものである。従つて、それは、同法所定の目的を達成するためのいわば行政的手段にほかならず、その対象とされた行為等の私法上の効果を直接左右する効力を有しうるものではない。

3、してみると、原告が、本件審決により、天野との契約上の権利を害されたり、その名誉や信用が毀損されることにはならない(けだし被審人でない原告が本件審決によりその名誉等を毀損されるものとは考え難い。)。

よし、原告が、これにより、なんらかの不利益を受けるとしても、それは天野に対してなされた本件審決によつて受けるいわば事実的反射的影響という域を出でない。

4、なお附言するに、審決取消訴訟について、公正取引委員会の認定した事実は、これを立証する実質的な証拠があるときには、裁判所を拘束し―独禁法第八〇条―、また、同法第二五条による損害賠償の請求権は、審決が確定した後でなければ、裁判上これを主張することができず、なお、審決をなす手続の性格は、おおむね、原告主張のとおりであり、確定審決違反には、刑事罰を定める(同法第九〇号)ほか、審決違反に過料の制裁が規定されている(同法第九七条)が、そうであるからといつて、審決取消訴訟とは別箇の通常民事訴訟で、裁判所がその判断をなす上で、原告のいうように審決によつて影響されたり拘束を受けることにはならない。

三そうすると、本件訴えは原告の当事者適格ないし訴の利益を欠くものとして不適法のものといわなければならないので、これを却下する。(三和田大士 栗山忍 川上泉 田尾桃二)(裁判長高等裁判所長官岸盛一は、最高裁判所判事就任につき署名捺印をすることができない。)

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